| 発行 | 潮書房光人新社 |
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| 定価 | 1,480円(税込み) |
今回も戦後初の空母機能を有する護衛艦「かが」と英空母「プリンス・オブ・ウェールズ」始め英空母打撃群等との10日間にも及ぶ航海を通じた共同訓練について書かせていただいた。旧軍いや現役自衛隊の装備に関しても詳細かつ貴重な写真や資料もてんこ盛りの「丸」だけに、どうしても帝国海軍の先代空母「かが」やこれまた英空母「プリンス・オブ・ウェールズ」の先代、こっちは今や世界の海軍から姿を消したが、高市早苗首相の言い間違えで、復活した「戦艦」の「プリンス・オブ・ウェールズ」や巡洋戦艦「レパルス」を含む英国東洋艦隊と帝国海軍航空部隊との死闘「マレー沖海戦」について、ワシごときの乏しい知識から、述べざるをえず、恐縮至極であった。なお「丸」では前回の「プリンス・オブ・ウェールズ」東京入港時のわしの原稿や写真キャプショでは「レパルス」を重巡洋艦と書き、「巡洋戦艦」と赤が入ったが、今回は「重巡洋艦」で通った。正確には当時のロイヤル・ネイビーには戦艦艦隊と共に巡洋戦艦艦隊もあり、「レパルス」もそれに加わっていたので、正確にはやっぱり、「巡洋戦艦」が正確なのであろう。まあそれでも艦種やその呼び名は各国海軍さまざまで、「かが」をいまだに「護衛艦」と呼び「DDH」つまり駆逐艦のカテゴリーに入れてるし、かつてのソ連海軍でがキエフ級空母を「航空巡洋艦」と称し、ボスポラス海峡の空母通過をトルコ政府が禁じていた言い訳に使っている。まあウクライナにあったソ連海軍の退役空母を中国が「カジノ」にするという言い訳で、パクリ空母にしてしまったときも「スクラップ」の名目でボズポラス海峡を通過していた。
なお「丸」ではないが、ワシは高校時代に「U-47 スカパ・フローに潜入せよ」というノンフィクションを読んだ。当時も敵役だったナチス・ドイツ軍のしかも「海の狼」として恐れられたUボート(潜水艦)とその乗員を主人公にした英雄的活躍…というても800人以上の英国海軍将兵が犠牲になったが、は珍しかったが、まあ冒険ものとして、わくわくして読みすすめた。
結局U-47のギュンター・プリーン艦長率いるU-47は難攻不落といわれた英国海軍の本拠地、日本でいえば呉や横須賀、アメリカで言えば真珠湾やサン・ディエゴのような基地のスカパ・フローに潜入し、当時水上戦闘力最強、無敵と言われた英国海軍戦艦「ロイヤル・オーク」を撃沈するのやが、その「ロイヤル・オーク」の向こうに停泊していた巡洋戦艦「レパルス」も照準に入れるが、命中せず、その「レパルス」が後のマレー沖で帝国海軍航空部隊により沈められたとばかり、思っていたが、当時からスカパ・フローに「レパルス」はおらず、退役していた水蒸気母艦「ペバサス」やっというのが定説となっている。
なお当時から英米国海軍は「レパルス」(反撃)や「ドーントレス」(不屈の)やの名詞や形容詞を艦船などに付けるが、ゲームやあの「ガンダム」でも「ドーントレス」や「ドートレス」という名で登場したらしい。
またこのU-47はその後も30隻以上の連合国の艦船を撃沈するのやが、最期英国駆逐艦により撃沈され、プリーン艦長以下全乗員も戦死したとされるが、戦後映画にもなった、1982年公開された当時の西独の潜水艦映画の金字塔「Uボート」はこのU-47をモデルにしたんちゃうかとワシは考えてたんやが、原作は別にあったという。