発行 | 産業経済新聞東京本社2024 |
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定価 | 一部140円 月ぎめ3,900円(税込み) |
今回の「話の肖像画」では「忙しい」という言葉がかわいく聞こえるほど忙殺されていた二十代前半の写真週刊誌の現場の話が中心やが、その転換期となった「フライデー襲撃事件」について、述べさせてもろた。事件の中心となったビートたけしこと北野武から「たけし事件」とも言われた。あの事件の当時、ワシは現場にはいなかったが、専属カメラマンのまま、しかし編集部の対応には納得できんかった点もあったが、いかんせん最年少カメラマン、しかも現場にいたわけでもなく、編集部員だった編集者や先輩記者らの襲撃時の恐怖を想像すると口を開けなかった。事件直後には政治家が北野氏をかばう発言があったが、編集部の全電話が鳴り響くほどでとても仕事にならん状態であった。そのほとんどが苦情というかイタ電の類であり、編集部に上がっていた際わしも受話器をとったこともあったが、編集長からもきちと対応するよう言われていたため、えんえん罵声を浴びせられつづけた。ただ北野氏が賢明だったのは、あの事件を絶対にお笑いのネタにしなかったことで、今は発行元の講談社とも和解が成立しているという。また事件の動機となった過度な取材を行った記者を知る同僚記者やわしらカメラマンは頭をかかえたのも事実で、実際その記者は取材対象者の専門学校生への傷害事件で立件され罰金10万円が確定している。
ただ先日某ワイドショーで襲撃の先頭にたっていた元宮崎県知事や元国会議員でもあった東国原英夫氏のプロフィールを紹介するフリップにはあの襲撃事件を「正義の鉄槌」と表現しており、驚いた。もちろん東国原氏の考えでなく、番組スタッフが勝手に書いたんやろうが、それをそのまんま放送した無神経さには怒りを覚えた。それでもそのテレビ局を襲撃しようとは思わんかったけどな。このインタビューののち連載担当の芹沢記者からあの事件につまみ枝豆氏が加わってなかったのは携帯電話が普及してなかった当時、単に連絡がとれなかったということもあったが、枝豆氏を連れていくと殺してしまうんやないかと北野氏が恐れたためやと聞かされ、あの温厚そうな表情を思い出し、意外な印象を抱いた。なお、この連載に使用された写真は成田空港反対闘争の集会取材中に撮られた。いまや羽田に国際線乗客をとられ、青息吐息の成田空港やが40年前は関東地方で唯一の国際空港、それを軍事空港化(?)するなとハンタイ、粉砕しようとする中核派活動家らに囲まれてるとこやが、撮影してくれたのは、フライデー出身の動物写真家の小原玲氏、不幸にも4年前肺がんのため取材地の北海道でなくかったが、同じ年齢の小原氏は高校生のころから浅からぬ因縁があるが、フライデー時代は目の上のたんこぶ、大嫌いで暗室でも口を聞かなかったほどであったが、仲よくなったのはわしの結婚式の写真を頂いてからかなあ、それ以降はカメラマンとして優秀だった小原氏から周回遅れでわしは報道現場を渡り歩いてきたが、アッ、そんなバタバタでまだ線香もあげさせてもらってない。こんど名古屋通るとき、寄らせていただこう。