小説宝石 8月号

小説宝石 8月号
■発行(株)光文社
■定価880円(税込み)

元文藝春秋社の社員編集者で、週刊文春の記者も務められていた柳澤健氏が本誌に連載されている「2016年の週刊文春」にワシと大倉乾吾カメラマンの名ととみ登場させてもろた。2016年どころかそはるか20年前の1996年の4月に成功した「東京拘置所の麻原彰晃」でのエピソードである。インタビューは文藝春秋社のサロンで2時間ぐらい、柳澤氏と同じく元文藝春秋社の故・勝谷誠彦氏が無くなってしばらくのことだった。この連載は週刊文春創刊前の菊地寛の文藝春秋創設時から始まり、現在の「文春砲」ともちまた言われたスクープの裏話まで、今も連載中である。柳澤氏とは、週刊文春グラビア班記者時代にともに踏んだ現場があり、印象に残ってるのは、まだ20世紀時代の「東京モーターショー」か、いまでは見本市のメッカ「幕張メッセ」のこけら落としのまさに、バブル時代のドハデモーターショー、幕張メッセがこの新コロウイルス蔓延したでは考えられないような、芋の子洗い、広いとはいえもろ3密、当時ともに三十代、今より、はるかにでかく、重い機材かかえて、でっかい会場を群集掻き分けかけずりめぐり、自動車メーカーが技術と贅沢の粋を尽くした近未来コンセプトカーとそれらを彩るコンパニオンのねえちゃんらを撮りつづけたのを思いだされた。またそんなネタで冬至は4Pも5Pもページくれたのも時代がらか。今ならもうエコと電池カーにAIカーが全盛か。しかし、当時は三菱がガスタービンのスポーツカーを出展していたのを思いだした。あのM−1戦車やイージス艦に搭載してるのと同じガスタービンエンジンをスポーツカーに載せてたのである。あれ市販されてたら、どないなってたんやろ?